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みぎまつコラム

伝統文化・皇室

これからは、「日本人の大切なものを貫く」ことが求められる時代へ!

2024年08月29日

毎月発行される人間学を学ぶ月刊誌 致知を愛読しておりますが、9月号の特集は「貫くものを」でありました。

俳人高浜虚子の名句

去年(こぞ)今年貫く棒の如きもの

から解説が始まります。貫くものを持って生きること歩むことの大切さを説いています。

解説の最後は、哲学者の森信三師の「2050年、列強は日本の底力を認めざるを得なくなる」で締めくくられます。極めて含蓄のある予測であります。そして、私の思い考えとも一致するところであります。

誌面を読む中で目に止まったのは、P30の、「明治第一の功臣 元田永孚(もとだ ながざね)が示した日本のこころ」。元田は、同じ熊本の同郷の井上毅(こわし)と教育勅語の起草に尽力した人物です。

この元田永孚について、肥後の偉人顕彰会の会長の永田 誠氏が、現代の我々にも極めて示唆の富む内容を書かれておりました。

当時、明治政府が拙速に進める西欧化を危惧し、日本人の美風や美徳、精神を守るために意見し続け、日本人の道徳の根本を明らかにした、明治を語る上で欠かせない存在とあります。

これは、時代は変われども、現代にも当てはまることであります。何でもかんでも欧米の価値観に追随をすれば良いものではありません。特に最近はその誘導が顕著であります。そもそも西洋と東洋とでは価値観が違うものです。歴史もまったく違うものです。日本には日本にしかない心があります。我が国がそれを大事にすることは当然のことです。日本が日本らしさを失くしたら終わりです。

まだそのDNAが残っている内に、日本人の心を取り戻していかなければなりません。

それが冒頭の森信三師の予測に繋がるものと確信しております。

右松たかひろ拝

2024(令和6)年度, みぎまつコラム, リーダー学, 伝統文化・皇室, 政治信条

戦後100年までのあと21年で祖国日本は甦らなければならない。

2024年06月27日

来年は、先の大戦・大東亜戦争から80年の節目を迎えます。

戦後の日本は様々な課題を抱え、その解決の兆しはまだ見えておりません。むしろ80年経ち、ますますいびつな国家の姿へと変わろうとしています。国家としての背骨・指針が無く、その場しのぎの対応が見透かされて混乱が極まり、それに乗じて国を無くし社会をダメにする勢力が暗躍跋扈し、国家や社会が悪くなる一方にあると言わざるを得ません。

自虐史観や土下座外交はあとを絶たず、日本の誇りを失う戦後教育により、人材も枯渇してきてしまいました。

残された時間は少ないと感じております。

ご英霊の方々が現代の社会を見てなんと思われるか・・私たち心ある日本人は、あの純粋で赤心の真心を持って命を捧げられたご英霊の皆さまに報いていかなければなりません。

日本が、本来の日本らしい国家へと甦るためには、多くの困難を乗り越えて、改革を進めていく必要があります。

それに有する期間も勘案して、戦後100年、すなわち1世紀経つ、令和27年(2045年)には、必ず、祖国日本が、日本らしい情緒豊かで、真心を持ち、矜持と、相手を思いやる精神性を取り戻し、国民を慈しむ国家へと、甦らなければなりません!

この決意は、私は他の誰よりも強いものがあります。

選挙妨害を目論む心無い人と一方的な報道で、あれだけの酷い経験を受けた私は、お陰さまで何者にも何事にもおもねらない強さを身に付けさせていただきました。

誰よりも高い志の道を阻まれましたが、阻まれたからこそ、真の力量が湧き出て来るものです。

これからは、もう志をオブラートに包む必要はありません。

志に向かって、赤心の真心から、まっすぐに進むだけです!

「至誠、天に通ず」です。

大切な日本のために・・私は、ご英霊の思いを背負い、宮崎と祖国の甦生に我が身を投じてまいります!

右松たかひろ拝

2024(令和6)年度, みぎまつコラム, 伝統文化・皇室, 政治信条

宮崎県護国神社大祭に総代として、英霊に感謝と尊敬の念を抱き玉串を捧げました。

2024年04月11日

宮崎県護国神社の「令和6年度 大祭」が挙行されました。私は、宮崎県護国神社の総代として参列し、ご英霊と戦没者の方々に、心からの敬意と感謝の誠を捧げ、玉串を奉奠いたしました。

ご英霊の国家への尊い犠牲があったが故に、そして戦没者の方々のご遺族の復興に向けての凄まじい努力とご苦労があったからこそ、我が国は平和と繁栄を享受しています。現代に生きる私たちは、その事を決して忘れてはならないと存じます。

ご英霊が自らの命を賭してでも守ろうとされた国のかたちを、我々は自覚し、日本の心、魂をしっかりと継承していかなければなりません。そしてそのことこそが、ご英霊の真心に報いることであります。

日本人の美しい情緒や大切な心、魂が、戦後失われつつあることに、私は大いなる危機感を抱いております。

国論が先鋭化し、本来は日本の精神性とは相容れない二分化の現象が起こされ、政治を蔑(さげす)む風潮は、国民に幸せと豊かさをもたらすものではありません。そこへの誘導も大いに注意を払うべきです。

私たちは、ご英霊が残されたお言葉に今一度深く触れ、そのご意志を受け止めて、祖国を甦らせて行く努力を払う時が来ていると信じて止みません。そして、自らが、そのことを率先垂範してまいります!

右松たかひろ拝

2024(令和6)年度, リーダー学, 伝統文化・皇室, 政治信条

あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。

2024年02月26日

実に10年ぶりでしょうか、妻と映画を観に行きました。

その映画は、「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」

特攻兵、すなわち、英霊との出会いと別れが描かれていますので、時代背景も相まって切ない内容ですが、日本人の純粋な美しい心がとても現された映画だと感じました。

私は、英霊の直筆のお手紙を読むたびに心が洗われ、この方々が祖国のために自らの尊い命を捧げられたに足る日本にしなければ、と、いつも深く考えさせられ、そして自らが政治家として出来るところから行動を起こすことの意義を、使命を、感じております。

現今の日本は、平和こそ守られていますが、一番大切な、日本人としての精神性が失われつつあります。弱い者いじめをしない、卑怯なことをしない、真心を大切にする、祖国に誇りを持つという、日本人の美徳が戦後大いに失われていることに、大変な憂いを隠さずにはおられません。

ただ、諦めてはいません。必ず、日本の素晴らしい国柄や国民性、美徳が見直され、甦ることを信じております。だからこそ、私自身も決して諦めずに力を尽くしております。

新しい時代を切り開くには、我が国の悠久の歴史を顧み、先人の知恵や教えを受け止め、我が国古来からの良さや精神性を生かすことが大事です。誇り・・それは普遍のものであり、古今東西、大切にされているものです。

右松たかひろ拝

2023(令和5)年度, 伝統文化・皇室, 政治信条

今の時代に必要とする考え方・生き方!

2024年02月10日

本日は、所属する宮崎木鶏クラブの令和6年総会・懇親会に出席しました。

総会の議事が全て承認されたあとに、2月度例会に移り、今月号の特集「立志立国」で、その中でも、86ページの、「楠木正成公の生き方と日本人の心」に目が行き、読後感を私から発表させていただきました。

我々、国を憂いる志を持った者においては、楠公精神、という言葉に、大変大きな意義を感じております。幕末の明治維新を成し遂げた志士たちも、この楠公精神に特別な想いを抱いて、新しい時代を切り開いてきました。後醍醐天皇に忠誠を尽くして、鎌倉幕府倒幕と建武中興の核となった楠木正成は、至誠に生きた人です!まさに、私が最も大切にする生き方です!文中にもありますが、勝ち目のある側に味方をする武将の価値観の中で、「自分一人だけでもよい、どんな局面でも乗り切ってみせる」という、利害得失を越えた楠公の覚悟は大変気高く尊いものとして、国の再興を願い信念を持って歩む者にとって、これほど勇気を与えてくれる人はいません。私の生き方もかくありたい!と強く決意しております。

最後の段落の【現代人の多くは「きょう自分が幸せであればいい」「お金さえあればいい」という狭い価値観の中で、もがいて生きています。しかし、神代から連面と続く命の繋がりへの誇り、世界に稀有な日本という国への誇りを持つことで、そこに生を受けた自分自身への誇りも育まれ、この三つ(「智╱大局的に日本のあるべき姿を知ること・仁╱道徳心、博愛精神に満ちること・勇╱それを貫く精神力、実行力があること」)の誇りを揺るぎない地盤とすることで、生き辛いと言われる現代の世の中でも、自分の心を調え、いろいろな困難を乗り越えることが出来るのだと思います】の箇所は、今の時代に極めて必要とする考え方だと強く申し上げ、そしてこれこそ、我が意を得たり、とする考え方・生き方であります!

右松たかひろ拝

2023(令和5)年度, リーダー学, 伝統文化・皇室, 政治信条

後藤俊彦宮司~長い占領政策の呪縛から目覚めつつある日本

2024年01月12日

愛読する月刊誌致知1月号の巻頭の言葉は、郷土の覚者である高千穂神社の後藤俊彦宮司でありました。その後藤宮司の言葉を抜粋して下記に記します。

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先の大戦で史上未曾有の敗北を喫したわが国は、戦勝国が押しつける価値観をすべて不用意に受け入れてきた。その中で国際法にも抵触する過ちは憲法の押しつけであり、わが国の文化と古典教育の否定であった。その主な原因は当時の連合国が日本人の精神性としてもつ武士道と、近代思想としての軍国主義を混同した点にあったと思っている。これにより悠久の昔から築かれてきた社会の仕組みや伝統的価値観が失われてしまった。

(中略)

戦後の日本は今ようやく長い占領政策の呪縛から目覚めつつある。わが国の歴史は古く、聖徳太子の十七条の憲法や鎌倉時代の御成敗式目の中には、すでに国家のあるべき理性と道理が「人の道」として説かれている。国であれ、一個人であれ、危急存亡の時こそ私共は古典の知恵に学び、わが国の真の自由と名誉を守り抜く意志が肝要と思われる。

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後藤宮司のこの言葉は、我が意を得たりで、まさにその通りであります。私たちはもっと目覚める必要があります。国の健全な発展や寛容な社会、日本人の豊かで誇りある精神性を損なおうとしている動きは何なのか。その答えはもうすでに私たちには見えています。

毎日のように、見たくもない嫌なニュースが流れます。それによって人々の心がすさみ、嫉妬や妬みがはびこり、相手に対して攻撃的になり、人を叩くことでせいせいし、ネット社会のなれの果てとも言うべき、自らの素性を明かにせず憂さ晴らしの誹謗中傷で他人を大いに傷つける・・卑怯で情けない堕落した世の中から、私たちは正気を取り戻していかなければなりません。

国政に目を転じても、なぜ国民のための改革が遅々として進まないのか、それを阻害する動きはなんなのか。その答えも明らかになりつつあります。それをも乗り越える力と信念と真心を持ち、国の行く末を見据え、国民を向いた、真の政治家が今こそ我が国には必要であります。

憲法や教育も極めて大事で、我が国が悠久の歴史から長年にわたり培ってきた価値観や、文化や生き方が、発揚されたものへと変えていかなければなりません。

心ある人たちは、志ある者は立ち上がらなければならないのです。時は熟し、待ったなしなのです。それほどまでに、行き着くところまで行き着いた様相を世は呈しています。

右松たかひろ拝

2023(令和5)年度, 伝統文化・皇室, 憲法改正, 政治信条, 教育再生

宮崎神宮・神事流鏑馬の総奉行を務めました。

2017年04月02日

2日間にわたって、宮崎神宮の伝統ある神事流鏑馬の総奉行を命ぜられ、大変栄誉なことと、ありがたく務めさせていただきました。

初日は、午前10時から、手組定めの儀(写真一番上)にて総奉行として玉串拝礼をいたし、行立で馬に乗り10時30分に宮崎神宮を出発し、大淀川の河川敷を行列行進(写真2枚目と3枚目)し、川原祓の儀を執り行い、小戸神社で正式参拝をいたしました。

その後、宮崎八幡宮にて正式参拝をいたし、小戸神社に戻り、行きの行程と同じく、大淀川河川敷を行列行進し、15時に宮崎神宮に帰着しました。

神事流鏑馬は、鎌倉武士の装束に身を固めた騎馬武者たちが、馬を走駆して、大弓で的を射る古神事で、勇壮華麗な、宮崎神宮の春の風物詩で、毎年、多くの見物客が神苑に訪れます。今年も、神事日程の2日目に、誠に華やかに開催されました!

宮崎県議会議員 右松たかひろ

2017(平成29)年度, 伝統文化・皇室

68回目の終戦記念日から国家国民の根っこを考える

2013年08月15日

 今日は68回目の終戦記念日になります。宮崎県護国神社での「終戦記念奉告祭」に出席し、戦没者ならびに英霊の御霊(みたま)に、心からの哀悼の意を捧げました。

 日本の文化が守られ、平和を享受できているのも、戦没者そして英霊の方々の多大な犠牲の上にあってのことです。手を合わせ静かに思いをはせ、先人の方々に尊崇の念をあらわしました。

 私たちは、戦没者の方々の無念な思い、苦しみを受けとめ、悲しみ悼(いた)むとともに、祖国日本を、家族を守るために、我が身を犠牲にして戦った英霊の方々への尊崇の念を決して忘れてはならないと感じます。私は、それこそが国の基(もとい)につながるものと、信じています。伝統や文化、基を失った国家は国際社会の中で流浪してしまいます。自らを否定することは、基を失うことにつながります。事実のすべてを受け入れるとともに、しかし同時に、大事な国家・国民の根っこは決して失ってはいけないものです。その「根っこ」こそが、先の大戦で我が国の将来に誠を捧げ散華された先人を、後世に生きる私たちが敬う姿勢であります。

 護国神社での終戦記念奉告祭のあと、神宮会館に移動し、「戦没者を追悼し平和を祈念する宮崎県民の集い」に出席し、映画「独立アジアの光」の上映の合間に、武道館での「全国戦没者追悼式」をテレビ視聴し、正午の時報に合わせ出席者全員で黙祷をいたしました。あわせて、天皇陛下のお言葉を拝聴した次第です。

宮崎県議会議員 右松たかひろ

2013(平成25)年度, 伝統文化・皇室

皇室典範改正(女系天皇)の問題について

2008年04月24日

「皇室典範に関する有識者会議」が2004年12月27日に設置され、翌2005年11月24日に拙速にも女系天皇の容認および長子優先の報告書を出されました。女性天皇と女系天皇とは持つ意味が全く違うもので、決して混同してはならない概念であります。過去の歴史を紐解くと、女性天皇は推古天皇の始め8人おられましたが、母方が皇統を有し父方は皇族以外となる、いわゆる女系の天皇陛下は一人も存在されないどころか、父方が皇統でなくなるということは、血統が変わることを意味し、日本有史以来、父方が皇統を有する男系で皇位継承が行われてきた万世一系の伝統がそこで途絶え、全く新しい王朝が誕生することになるわけです。

また、長子を優先するという内容も理解に苦しみます。そもそも皇位継承では、皇室の方々のご意向がまず第一にあって然るべきでありますし、僅か1年足らず34時間の論議で、男系の男子が継承をすると定めた皇室典範第一条をひるがえしてまで、このような方針を示すとはあまりにも乱暴な話ではないかと思うのです。

平成18(2006)年9月6日に、秋篠宮紀子妃殿下に待望の悠仁親王様がご誕生されました。41年振りの男性皇族のご誕生で皇室典範の改正は一気にトーンダウンをしたわけですが、今後もまた同じような改正の話が繰り返されないためにも、敗戦後、GHQの指令で皇籍を離脱された旧宮家の8宮家の方々の皇籍復帰も前向きに検討されて良いのではないか思います。

国家の存在価値というものは、その国固有の歴史や伝統を形成してきた基(もとい)を護ってこそ高められるものと考えます。時代の変遷の中でも連綿と受け継がれ、取り巻く国際状況が激動していく中においても、先人の方々の叡智によって護り抜いてこられた基(もとい)が、万世一系の男系に連なるご皇室なのです。2000年に亘る日本史の重みというものをしっかりと噛み締め、たかだか数十年しか生きられないひとときにおいて、唯一無二の伝統を変えるという歴史への冒とくを犯してはならないと考える次第です。

右松たかひろ

2008(平成20)年度, 伝統文化・皇室

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